不明な点があれば、井原までどうぞ。E-mail(ihara-t/aist.go.jp)でも、また、直接来ていただいても(工学部4号館228研究室)構いません。
質問は、[Q1]〜[Q14]の計14問でした。
静力学平衡とは何か?
Boussinesq近似とは何か?
静力学平衡(静水圧平衡)とは、鉛直方向に関して ρg = -∂p/∂z が成立している状態です(g:重力加速度、ρ:密度、p:圧力、z座標(鉛直方向))。つまり、「ある高度における圧力」が「地上気圧」と「地上からある高度までの間にある空気の単位面積あたりの質量」のみから導ける状態です。そのため、この状態を仮定した場合、zとpは相互に変換可能となり、pを陽に解くことができます。
大気現象のうち、大規模な運動に関してはほぼ静力学平衡が成立していると仮定してよく、大半のメソスケールモデルでは、静力学平衡を仮定して解いています。
本研究で用いているシミュレーションモデルでは、静力学平衡を仮定していないため、pが陽に解けません。そこでSIMPLEを用いて、pを算出しています。
一方、Boussinesq近似とは、密度変化の影響を、運動方程式における温度由来の浮力項によってのみ考慮するという仮定です。
急激な温度変化により気体の体積が膨張するような現象(積乱雲発生時など)には適用できませんが、一般の大気現象に関しては、Boussinesq近似を適用できると考えられています。
本研究では、Boussinesq近似を仮定して解いています。世のメソスケールモデルに関しても同様にBoussinesq近似を仮定することで大気運動式を解いているようです。
境界条件を設定せずに箱庭状態での熱環境シミュレーションは現実離れしているのではないだろうか。大局的な気圧配置を組み込んで、メソスケールモデルを動かしてはどうか?
Newton冷却とは何か?
一般に、現状のメソスケールモデルが実際の気温と適合できていないことがよく知られています。その原因のひとつに、そもそも東京近郊では、熱の入射と熱の放射が均衡していないことが挙げられます。地球全体では入射と放射が均衡していても、緯度や海陸比によっては均衡していないと考えられています。実際には、対象領域外との水平的な熱のやりとり(これを外力という)によって均衡していると考えられ、この外力をNewton冷却項(Newtonian Cooling)(外力は温度と基準温度との差に比例するとする)として、熱輸送方程式(熱保存則)に組み込む、という手法がよくとられています。
本来ならば、熱輸送方程式だけをいじるのではなく、大局的な気象条件を境界条件として組み込むべきなのですが、そもそもどれだけの物理量のやりとりがおこなわれているかは観測できないので、現状ではこれらをモデルに取り込んでいる例はヒートアイランドシミュレーションの分野ではないようです。気象学における広域気象モデルを参考に、導入できるかどうかを検討してみたいと思います。
風による輻射・放射効果の影響については、どのように考えているのか?
風によって放射量が変化することはありません。なお、住宅密集地における風速低下は、地表面に粗度長パラメータを設定することで考慮可能なのですが、まだ考慮できていません。今後、組み込んでいく予定です。都市街区程度になると、粗度長のみで考慮するのは難しく、別途都市キャニオン空間モデルを作成する必要があると考えています。
なお、風により潜熱輸送量が増大する可能性はありますが、現状では考慮していません。
都市キャニオン空間モデルは、地表面のサブモデル(熱平衡)に組み込むとの話だったが、スライド11の中では、地表面物性値の計算の中に組み込むのか?
都市キャニオン空間モデルは、地表面熱平衡サブモデル内に組み込むのではなく、地表面サブモデルに置き換えて設置するものです。ですので、都市キャニオン空間モデルを開発後は、都市街区メッシュの地表面温度・気温に関しては都市キャニオン空間モデルを、郊外メッシュの地表面温度・気温に関しては地表面熱平衡モデルを用いることになります。
ヒートアイランド現象への対策として、現在までに採られているものはどのようなものがあるか? 今回、塗料に注目しているのは何故か?
現状で明確にヒートアイランド対策として導入されたのは、東京都における屋上緑化程度で、現実には、さまざまな対策が考えられていますが、(おそらく)費用対効果の問題で、どれも導入されていません。一応、対策として考案されているものには、
が挙げられます(環境省[A])。
塗料の導入は、冷房負荷を削減する一方、日射反射率を向上させるので、ヒートアイランド対策の中で効果大とされており、研究室の過去の研究事例[B,C]でも、シミュレーションの計算結果により他の対策と比べて効果大なのでは?、と予測されていました。そこで、本研究では、実際に塗料を用いた物理実験をおこなうことにより、効果をより正確に見定めていく予定です。
建築外表面の切り替え方策として、ステンレス板を季節に応じて裏返す(あるいは取り外す)のは、どうだろうか? ESCO事業者がおこなうとしても、低コストで済むので、現実的だと思う。
アドバイス、有り難うございます。検討してみたいと思います。
地域情報の活用に関して。国土数値地図は公表データとしてデータのアクセスはよいが、自治体レベルではGIS化が進んでいる。都市キャニオン空間モデルとの接続を考える上でも、整備されている自治体のGISの活用を検討してどうだろうか?
国土地理院のメッシュデータを基本としているのは、おっしゃる通り、一般に公開されていて、データが容易に手に入るためです。自治体のGISデータは興味深いのですが、そもそもどんなデータがあるのかすら知らない場合が少なくありません。もし、何か情報があれば、教えて頂けると幸いです。
このメッシュデータは、キャノピー・ビルモデルのために必要だから整備しているのだろうか? ただ、境界条件の設定の方が重要な作業なのでは?、と感じる。
メッシュデータの整備は、キャノピーモデルとは関係なく(もちろんキャノピーモデルとも関連しますが)、今のところ、メソスケールモデルの関連でおこなっています。現状のメソスケールモデルの問題点として、
があり、前者に関しては境界条件の整備、後者に関しては入力データ(特にメッシュデータ)の研究者間での不整合が考えられています。特に後者に関しては、研究者によって、効果的である対策技術の解が異なるほどであるので問題だと感じ、作業に着手しました。ただし、もちろん、前者に関しても重要ですので、文献を調査していく予定です。
年間の冷房需要と暖房需要がほぼ一緒だが、こんなものなのだろうか?
業務ビルの場合、用途によって冷暖房需要が大きく異なってしまうため、本当に正しいかどうかは不明です。消費エネルギーに関する文献を当たってみたいと思います。
「都市環境を考慮する」とはどういうことか? また、都市環境を考慮した結果、CO2排出削減量が増加しているのは何故か?
建築物に高反射高放射塗料を塗装することは、建築熱環境のみならず、都市熱環境にも影響を与えます。塗料を塗装することで、都市気温が低下し、そのため、建築物の冷房需要が削減されます。「都市環境を考慮して計算をおこなう」というのはそういう意味で用いました。
長波放射率が1を超えるというのは、普通に考えるとあり得ないのだろうか?
長波放射率が1を超えることは原理的にあり得ません。化学の授業で習ったと思いますが、完全黒体の放射量L0は、Stefan-Boltzmann定数をσ、表面温度をT[K]とすると、L0 = σT4で算出されます。一般の物体(灰色体と呼ばれる)の放射量Lは、完全黒体の放射量より小さく、その比ε = L/L0を放射率と定義しています。
本研究での計測実験では、長短波放射計を用いて、物体からの長波放射量を計測する一方、物体表面の温度を計測することで物体を完全黒体と仮定した場合の放射量を算出、その比を長波放射率としています。
(計測方法を改善すると話したが)実験のデータが正確に計測できる他の方法は具体的に考えているのか?
現在、物体の表面温度を箇所によっては熱電対を用いて測定していますが、熱電対による計測温度とPt温度測定体による計測温度が異なるようです。この差を補正することによって、より正確に表面温度を算出できるのではないか、と考えています。